「無常観」に何を期待するか

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3月9日の朝日新聞「オピニオン」欄に、山崎正和へのインタビューが掲載された。その後半部分を紹介しながら、考えてみた。


「無常」観が、どれほどの「力」として期待されているか?という理解しがたさが残る。それは、気分を安定させるための一種のイデオロギーとして機能するのか?
末尾の「結論」的な部分を読むと、無常観が楽観主義へとスポイルされた感さえある。こんな無批判に現状を肯定できる実態なのだろうか。
「積極的に生きよう」は、ほとんど何も言っていないからまだいい。
「がんばろう日本」などは、メジャーなイデオロギーのスローガンに過ぎない!ではないか。
もっと、たとえば福島の原発事故の被災地に生きる人々の意見を聞いた方がいい。もっと彼らの苦悩を聞くべきだ。
そして、無常とはなにか?思想的な「執着」をする必要がある。
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無常「観」は本来、「現実」を突き放した位相に発する
山崎氏は、その無常観の批判性をまったく無視してしまった。
世の中からずれたところに立つ視点をとりはらったら、無常観なんてただの情緒に過ぎなくなるだろう。(まだ言いたいことがある。次に…)