東日本大震災からの復興

ちょっと「怖い」絆

 未曾有の大震災、大津波そして福島原発事故では、大きなショックを与えられた。
 さまざまな報道、情報の中で、私は強い危惧というか違和感を持つことがある。
 とくに、乱発される「キーワード」の中の「絆」ということば。
 これに批判的な意見はほとんど見聞しない。
 そこへ、小沢昭一さんの下の記事に救われる思いがした。

 この記事の中で、
 彼は、「絆」について、こんな風に述べている。(上の記事の続き)
 *クリック拡大します。
 まったく同感だ。ただ、とても控えめに異見を述べている感じがする。
 こういうことは、とても言いにくいことではあろう。
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 私は「世代」としては小沢さんの次の世代に属するから、「一億一心」などということばにはあまりリアリティを感じない。
 しかし、「絆」という言葉の最近の使われ方が国家・民族主義的なイデロギーを背景にしている感じは強く感じてきた。
 タレントなんかが、
「日本は強い」
などと偉そうに言うのには辟易する。せめて、もう少しでも謙虚になれ。
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ほどく
 「絆」の反対語を一つだけあげるなら、「ほどく」だろう。
 「絆」などという、一種の美意識に飾られた呪縛から、自らを「ほどく」。解放する。
 「てんでんばらばら」というのも面白い。共同体的な行動をたとえ一時的にでも「解除」するわけだがそれは自分の命が助かるためには不可避な方法なんだ、という合意がある。
 このことについては、近代的個我と共同体のあり方(倫理)という問題を考えさせてくれる。次のテーマにしたい。

いのちと放射能 (ちくま文庫)

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